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時実新子 川柳
時実新子：想夫恋 （講談社、1994)
時実新子 川柳
草の露 ゆうべ 抱かれし 足運び
虫籠の中に住みませ 泣き虫も
待っていると 椿は落ちず くもり空
二人で歩く ちょいそこまで 地の果まで
王道や 女ながらも 志
目をとじて さて水音の 増すがまま
男には惜しい 睫毛が伏せられる
深い夜の 髪に 咲かせる かすみ草
菜の花を 枕にすれば 黄の獣
かきつばた 今 淡々と 人が好き
青いみかんは 私よりも 好色だ
ちりちりと 心の端が ちぢれ毛に
何事があろうと カトレアは白し
空に雲 この平凡を おそれずに
タテ笛も ヨコ笛も鳴る われも鳴る
貞淑や 白は花火の 芯の色
漢奸は寝たか 私の夜も 静か
身の歓の 勝鬨 通し 春 長けて
こっそりと 煙 ふかして 悪 保つ
雨つばめ 人に逢いたき 声を張る
朝顔の 色とりどりも 多情かな
花のように ほほえみながら 死にながら
そうか 夫も さみしかったか 旅の鈴
堕落論 冬の枕に 虫の声
わが夫の 一途な酒を 見てしまう
風が吹くとき 昔の男 現れよ
さみしさに似た 歓喜あり けしの花
花もまた 咲ききわまれば 死に等し
笑うなよ パンヤの枕 抱いて寝る
仰向けになって 研師に 身を任す
細い雨 良妻ばかり 連れてくる
夏至の花 かすみきるまで 目を据えて
きのう 女であった 記憶の あいまいさ
あなたの髪 はらら 私の髪 はらら
三人で 月夜を帰る 誰が邪魔
女から 男を 引いて ささくれる
てのひらの うすくらがりの うらおもて
満開や バランスは いつ崩れるか
いっそ もう泣き衰えて やろうかな
もう少し 生きてみるかと 樹がゆれて
悪の巣が恋しい みずいろの卵
夫婦歴 栗と団栗 似て非なる
口あけて ぶらぶらあるき 蜻蛉 噛む
山蟻の中へ 素足を おろすとき
雪の日の りんごの味がする 男
塩の味 むかし 恋人だったひと
いちばん遠い人かもしれぬ 夫と妻
抱かれざる 妻の うすむらさきの骨
わっと咲く バラの木があり あんたバカ
花 じんとじんと 幸福期は つらし
夫の手の爪 うつくしく 気にかかる
わが夫を恋う老女あり 藤が咲く
草の葉を ゆっくり しごく 血を求め
乾きゆく この身 鮭の身 厚切りに
初蝉の ぢぢぢぢ 私も ぢぢぢ
新聞を 八つにたためば 夫恋記（ツマコイキ）
紙の斧 みるみるうちに 血がにじむ
寂寥に 耳 傾けておれば 鳥
水にねて 水よりゆるき 脈打てり
この椅子で 一時間ほど 死ぬつもり
私に わたしの爪を 立てている
今はただ おねむりなさい 猫の耳
腰紐の一本あれば 男なんて
桃の疵 わたしの腿の疵に似る
夫と妻の淋しさに似て 駱駝 往く
せんべいのように やさしさ 減っていく
刃を当ててみるとき 喉は 刃を好む
恋ぐらいせいと 大きな 旦那様
衰えを 鏡に見たり 見なんだり
金魚は 魚だった 歓びだけ 残す
それでも 人を愛した 耀きの お棺
笑われて 死ねば よろしき ようそろよ
自己嫌悪 五月の 鯖の 柔らかき
新しい雫に 口を開けている
博多人形 ケースの中で 年をとる
似非夫婦 目に ともし火の 点るころ
目を合わす 家族二人の 一大事
ふくろうの耳に 深入りしてしまう
月 真上 花も真上の 足 ふらつく
声にして笑う ひとりの遊園地
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